新米勉強ノート

いろいろ吸収して大きくなるぞ

最期の時

5月26日早朝、父が息を引き取った。

 

 

在宅療養

父の体調はなかなか安定しなかった。だるさがあったり、痛みが出たり、今日は元気!と思ったら急に身体が震え出して高熱が出たりすることもあった。

朝目が覚めたとき、今までのことは全部夢で、部屋のドア開けたら日常に戻ってるような気が一瞬するけど、でもこれが現実で、気合入れて起きて、一日あっという間に過ぎて、夜お布団に入るときにはくたくたで、自分のことする余裕なんてなく泥のように眠った。

それでも父のサポートに関しては大変だとか辛いという感情は一切なく、むしろ喜んでやれていた。退院から2週間弱だったけど、やらなきゃいけないことも終わったし、話したいことは全部話せて、最期は家族でゆっくり大切な時間を過ごすことができた。毎日本当に楽しかった!

看取り

5月24日金曜日、自宅にて最後の仕事の打ち合わせを済ませると、疲れた様子でそのまま寝てしまった。

その日の夜が一番辛そうだった。横になったり座ったり、ソファに移動したり、カーペットに寝てみたりとしきりに体勢を変え、目は焦点が合わず、問いかけに頷いたり首を振ったりはしてくれるけど、言葉はほとんど話せなかった。

痛みはないというけど明らかに苦しそうなので看護師さんに電話してみると、

最期が近づいてくると臓器が機能しなくなるため、全身がだるく重苦しい感じ、身の置き場がないような感じになる。とのこと。

父にも全身がだるい感じがする?と聞いてみたら(うん)と頷いて、オプソ(経口モルヒネ)飲む?と聞いたら(うん)と言うので、22:30から30分~1時間おきに計6本服用し、25:30にようやく少し落ち着いたようで、大丈夫?と聞いたら(グー)としてみせてくれた。

明け方にもう一度苦しそうになったけど、もう液体を飲み込むのは難しそうだった。

5月25日土曜日、先生に貼付医療用麻薬の処方を増やしてもらい、苦しさなく深く眠れているようだった。看護師さんに清拭・着替えと洗髪までしてもらっても目は覚まさなかった。病院だと昏睡状態と言われたのかもしれない。

その日の夜、0:45頃から呼吸が苦しそうになってきた。一呼吸一呼吸、体の音が家中に響くくらい一生懸命に吸っていた。姉と交代して父の手を握る。大きくて分厚い手。いっぱい愛情を注いでもらった。

5時45分、最後の呼吸をした後、父は自分で口を閉じて、穏やかな顔で眠りについた。先生が到着するまでの間、みんなで父に寄り添って最期のお別れをした。

葬儀

5月26日、まず納棺の儀、謎儀式すぎた。父に草履履かせたり、変な杖持たせたり、しまいには三途の川渡し賃とかいって60円入れた袋を首から下げさせたりして、さすがに笑った。お化粧したり頰に綿詰めて太らせたりするのも、病気と闘ったことを簡単に無かったことにされたみたいで何となく違和感あった。

5月28・29日、通夜・告別式通してたくさんの方が挨拶に来てくれた。父親としてだけでなく、会社での姿や若いころの様子など初めて知る一面が新鮮だった。亡くなってから知るのは変な感じだけど、でも生涯通して関わった人たちが一堂に会する機会って、葬儀くらいしかない。最期こそ病気に苦しめられたけどそれが父の全てではないから、一生の締めくくりとして、元気な頃の姿にしてあげるべきなんだとわかった。

感謝

最期2週間の在宅療養は、本当に周りの方々の協力あってこそ実現できたことだった。毎日手厚く看護いただいた往診の先生・看護師さん、その万全なサポート体制を整えてくださったケアマネさん、包括センターの方、区役所の方。父の病気がわかってから初めて見えた世界で、関わった人たちは皆信じられないくらい優しくて、びっくりするほど親切で、何事にも迅速に対応してくださって、ただただ感謝しかなかった。

そして一番は会社の皆さん。私が言うより先に休むべきだと力強く勧めてくれた上司。チームの兄上姉上方はこの繁忙期に嫌な顔せず送り出してくれ、さらに仕事用意しておくから帰ってきてねって。皆さん毎日夜遅くまで残業、いつも冷静な先輩をあたふたさせるほどの忙しさで、一番負担をかけたのはこの方々だし、逆に言うと皆さんの協力なしに在宅療養は実現していなかった。

父の闘病~死を経て、やっぱり3月まで勉強していたこととか、キャリアアップとかどうでもよくなってしまった。一時的なものかもしれないし、もう興味がなくなってしまったのかもしれないし、判断つかないけど、今のモチベーションは、恩返ししかない。負担をかけた分頑張りたいし、信頼してくれている分期待に応えたいし、とにかく早くチームの役に立つ人材になる。

開業

6月12日、父の事業を引き継ぐため、姉と税務署に行って開業届を出した。

まずは父の確定申告、そして相続関連の手続きと、私の全財産でも到底及ばないくらいの税金支払い。これからは会社と家業どちらもやらないといけない。

窮地にいるけど、姉と一緒に一から勉強して手探りで進めていくのは楽しい。立派な事業主になるぞ。